仁王

慶派により13世紀に奈良県の東大寺に造られた阿形

慶派により13世紀に奈良県の東大寺に造られた吽形























この二体の仁王、金剛力士あるいは執金剛神と呼ばれる門衛は奈良の東大寺の寺院の門に立っている。 寺院、神社、教会、モスク、または「主の宮」は全て、心または感情センターの知性的部分の象徴である。

心は神の閑居な神社である。 -- アルディン・ラージー (13世紀のはペルシャスーフィー)
あなたがたは、自分が神の宮であり神の御霊が自分の内に宿っていることを知らないのか。
-- 聖書、1コリントの信徒への手紙 3章16節

これらの門衛が「現在に存在しようとする心」を保護している。

自分の心の門に厳格な眠らない門衛を置きなさい。-- ラダーのジョン 『フィロカリア』(ギリシア正教の修道僧による文献)

門衛は、雑多な思考や感情が心に侵入せず、「プレゼンス」の状態が邪魔されないようにしている。

見ること、聞くこと、感情、欲望と意見はすべて心の内部の泥棒である。
-- 洪自誠(16世紀の中国の哲学者)『菜根譚』
あなたは盗んではならない。 -- 聖書、 出エジプト記 、20章15節

左側の門衛の口が開いていて、日本語の五十音とサンスクリット語のアルファベットの最初の音節「あ」を言っている。

「阿」種子(しゅじ)を吸気と呼気に確認し、それを三度決められた時に瞑想しなさい。
-- 大日如来経
(密教の経)
「阿」種子はすべての単語の基礎、すべての種子の母である。 これはすべての教えの源泉である。
-- 大日如来経の解説

右側の門衛の口が閉じて、サンスクリット語のマントラの最後の音節「hum」または日本語の五十音の最後の文字「ん」を言っている。

私は神である「オウム」という言葉である。-- バガヴァッドギーター 7章8話 (ヒンドゥー教のテキスト)

二人の門衛は「アルファ」と「オメガ」、始まりと終わり、生と死を表すと言われている。アルファとオメガはギリシャ語のアルファベットの最初と最後の文字である。 二人の門衛は、「プレゼンス」の状態を永続させるためのマントラの最初と最後の音節、または精神的な「身」の努力の生と死を象徴している。大乗仏教ではこの「身」は報身(ほうじん)と呼ばれている。

アラーは、始めであり、終りであり、そして対外であり、対内である。 -- コーラン
あなたは始めであり、終りである。 あなたは私の始めより私の最後を良くする。
--ルーミー(13世紀、スーフィーのマスター、神秘詩人)
私はアルファであり、オメガである。最初の者であり、最後の者である。始めであり、終りである。
-- 聖書、ヨハネの黙示録22章13話

道教では、同じ概念を象徴するために龍を使用する。

竜頭 (青蓮院、京都、日本)
しかし、有益であることを実践するためには、始終は重要である。 始まりがあっても、終わりがない場合は、自分の行為には何ら有益なものはない。 得るものはなく、損失だけがある。  -- 劉一明、『易経の真の説明』
丹を修める道は、「危」を防止し「険」を思慮する修練が、始終不可欠なのである。 -- 劉一明 『金丹四百字解』の注解付



大乗仏教で、「プレゼンス」を長く継続させるための精神的な努力の「身」は「報身」と呼ばれている。「報身」というのは菩薩が自分の誓いを完成させ、仏になる身である。

正念の状態を保つために、刻々で最高の悟りを得るまで、心の本質を実現するのが「報身」である。
-- 慧能(7世紀の第六禅宗の開祖)

二人の門衛は、思考や感情が「プレゼンス」の状態を乱すことを許さないように、固い決意を象徴する怒りに満ちた表情をしている。

邪悪な思考が近づくと気づいたときには、心からの呪いを憤然と投げつけましょう。
-- エルサレムのヘシキウス『フィロカリア』 (ギリシア正教の修道僧による文献)

神社に於いては、仁王の代わりに左右の大臣が門衛として使われる。

伏見稲荷神社、 京都

古代の日本政府は、賢者の内的な支配を反映している、古代の中国の政府に基づいていた。日本と中国の天皇は 支配の原理または執事を象徴している。

人間の体は国のようなものであり、心は支配者のようなものである。
-- 劉一明(18、19世紀、道教の老師)易経の解説
人間は、その中心に主の代理がいる特別な場所があり、自分と自分の支配する役員が一緒に住んでいる都市のようなものである。-- イブン・アラビー (12世紀、イスラム神秘主義者)
君主が高慢で、わがままであり、道から外れると、
または大臣が、腐敗し不誠実であって、 道に従わずに行動すると、
月の満ち欠けは、 非難や不幸をもたらす。
支配者が嘲笑を取り除き、主君に統治を渡す。
そうすると、明堂であなたは統治を行い、そして国内に害はない。
--  魏伯陽『周易参同契』 2世紀の道教のテキスト
支配者は、心の静かな注意を表し、大臣は息を表す。-- 兪琰(13世紀の道教の老師)『周易参同契』の解説

左右の大臣(京都、伏見稲荷神社)
光を巡らせる瞑想は、ひとえに逆流の動きにかかっている。 つまり天の心に思考の集中が起こる。両目は、 左右の大臣がこころを尽くして君主を補佐するように光を巡らせはじめる。
--『太乙金華宗旨』(黄金の華の秘密、道教の瞑想指南書)   

二匹の獅子


獅子も、寺院の門で見ることができる。彼らは仁王と同じことを象徴している。

自分の心という要塞をよく守りなさい、なぜならば泥棒はどこにでもいるからだ。 -- ファリドゥディン・アター (12世紀のペルシャスーフィーの詩人)

泥棒というのは自分の「プレゼンス」を盗む思考や感情を表わしている。


彷徨う思考が泥棒のように忍び入るのを見つけたら、この思考の侵入を観察する必要性を理解するだろう。
-- ミラレパ(11世紀のチベットヨギ)

門衛の狐

門衛の狐


狐は同じ象徴であって、神社の前に門衛として使用されている。

彼は「主の宮」の門に門衛を置き、汚れた者は何によって汚れた者でも、入らせないようにした。
-- 聖書、歴代誌下23章19節




中国の唐獅子



現在の中国では、銀行、ホテルやレストランの前に、これらの唐獅子を見ることができる。

騎士が城門を守るように自分の心の門を 保護する必要がある。 -- 仏陀
 



両側にライオンがいるソロモン(フランス、アミアン大聖堂)

両側にライオンがいる仏陀、4世紀(中国、山西省、雲崗洞窟石窟)
















王は象牙の偉大な玉座を作り、純金でそれを覆った。 金の足台が固定された王位に6つの段があり、その肘掛けのそばに二匹の獅子が立っている。 -- 聖書、歴代誌下9章17−18節

ラーの太陽円盤を守るライオン(エジプト、デル・エル・メディナ、インヘルカウの墓)
English 日本語

「第四の道と秘教的な伝統」⎟ 「西遊記」⎟ 「神聖なるプレゼンスの技術」


英語: The Secret of the Golden Flower ⎟ The Taoist I Ching ⎟ Being Present First


Copyright 2010 - 2016 Walther Sell