四天王

四天王は日本でよく知られた仏像である。彼らは悪魔の上に立っている。

四天王、八世紀(奈良、東大寺)

ホルスはあなたの敵をあなたの足下に据えた。 
そうすることによって、あなたが生きられるように。
-- エジプトのピラミッド・テキスト
「彼」以外のすべてのものを足の下に踏みなさい、これが「最愛なる者」に到達する方法である。
-- ルミ
(13世紀、スーフィーのマスター、神秘詩人)

「最愛なる者」というのは、スーフィー(イスラムの神秘主義者)が、しばしば使用する「現在に存在する状態」の象徴である。「プレゼンスの状態」 を達成するために、人は「最愛の人と一緒にいたい」という恋人が持っている欲望と同じような強い願望が必要である。ルミは、プレゼンスではないものをすべて足の下に踏むことによって、人は「プレゼンスの状態」を達成すると伝えている。人は過去や未来について考えていると「現在に存在する」ことができない。また誰かが変なことや間違いをしたのに対して批判するときにも、「現在に存在する」ことができない。テレビや映画に夢中になることも「現在に存在する」ことができない例である。「現在に存在する」とは、自分がいる環境に自分が存在していることに気づくという単純なことである。

「第四の道」または「ワーク」として知られている精神的指導を西洋へもたらしたゲオルギー・グルジェフ(1866-1949)は、人間には、感情、知性、運動と本能という四つの種類の脳またはセンターがあると説明した。感情のセンターは、それを通して人と印象に関連する感情を経験する機能である。知性センターは、思考と思想として現れる機能である。運動センターは、自分が環境の中で移動し、物をデザインすることができる機能である。 本能のセンターは心拍、体の成長、感覚の活動、エネルギーの分布などのような人間の身体の機能の世話をする機能である。本能のセンターは生まれたときに完全にできている唯一のセンターであり、他の三つのセンターは、教育をする必要がある。

各センターはさらに、機械的部分、感情的部分と知性的部分という三つの部分に分かれている。自分の注意力のレベルを観察することによって、どの部分が機能するかを知ることができる。機械的部分は自分がやっていることに対して注意を払う必要がなく、自動的に機能する。これは、そのセンターのメモリーバンクと見なすことができる。例えば、新しい言語を話すことができたら、言葉の意味にはもう注意を払う必要がなく、言葉は自動的に出てくる。自転車に乗ることができたら、バランス感覚に注意を払う必要はなく、走行中に友人とも話すことができる。感情的な部分は注意力によって機能するが、この注意力を維持するために自分の努力は必要ではない。注意力は、テーマに対する関心によって維持される。その例としては、スポーツをするまたはビデオゲームを楽しむことなどがある。知性的部分も注意力によって機能するが、その注意力を維持する努力は必要である。例としては、車の運転の練習や試験勉強や芸術作品を作成するなどである。

一般的なトランプの絵カード

センターのさまざまな部分は、タロットカードの小アルカナに由来するトランプの絵カードに象徴される。タロットカードのすべては「内なる神」を覚醒させる闘争に関係する人間についての知識の象徴である。クラブは本能センター、スペードは運動センター、ハートは感情センター、そしてダイヤは知性センターを示す。キングはセンターの知性的部分を象徴し、クイーンは感情的部分、そしてジャックは機械的部分を象徴している。 四天王は、センターの四つのキングの象徴である。 センターの四つのキングは、自分が行っていることにたいして注意を払う必要がある意図的な行動、思考や感情を表している。それぞれのキングは剣を持っている。これは、彼らはジャックとクイーンという低次の部分が「現在に存在する」努力を邪魔する時に、それらを制御することができるということを象徴している。

心のなかで神を想起すること、それこそ我々が敵と戦うための剣である。-- スーフィーの箴言

頭の中にぐるぐる回る多数の<私>
(15世紀のオランダ絵画)

センターのジャックだけが機能していると、人は言うなれば「自動操縦」で機能する。自分が行っていることに注意力を向けていないため、人は通常、空想の状態にあり、「現在に存在する」ことはできない。空想するというのは自分がその時何をしているのか注意を払わなくなり、頭の中でぐるぐるまわる「複数の<私>」に耳を傾けることである。言い換えれば、心理的に眠っている状態である。「現在に存在している状態」では、自分がやっていることに気づいていると同時に、自分自身にも気づいている。センターのクイーン、つまりセンターの感情的部分が機能すると、自分の注意力は、自分以外の何かに向けられているために自覚がない。なぜならばそのとき行っていることに対して強い執着があるからである。自分のアイデンティティーは自分がやっていることに接続されているため、それから<私>という感覚を取得する。この<私>という感覚は低次の自己である。 これは、「内なる神」が存在している状態に相反している。


知性も思考も言葉もない沈黙、静寂の中で己を感じなさい。 そのときのあなたは一体誰であろうか?あなたはまさしくここに存在している。 -- ヒンドゥー教のテキスト
私はこの肉体ではなく、この知性ではなく、これらの感情でもない。私は単に観察するだけである。 私は永遠の目撃者である。 -- 禅師

仏教思想によると、四天王は、悪を識別し処罰し、悟りを開くことへの願望を勧める。

低次の自己は常に邪悪な考えにのめり込むために、あなたの想像力に従事して、どの瞬間にでも、あなたを穴に投げ落とそうとする。 -- ラヒジ (18世紀のペルシャの詩人)

悪というのは私たちを眠らせる「多数の<私>」を示す。センターのキングが機能するときのみ、我々は「現在に存在していない」ということに気づくことができる。そのときだけ私たちは「高次の自己」を目覚めさせる努力をし始めることができる。四天王は仏教の教えに耳を傾けて、仏陀が説法する場所を保護すると言われている。小乗仏教では仏陀は自分の中にある目覚めたい部分を象徴している。(大乗仏教では仏陀が「高次の自己」また「プレゼンス」が長く継続する状態を象徴している。)

自分の心に仏陀がある。-- 慧能(7世紀の第六禅宗の開祖)

センターのキングを象徴する四天王は目覚めることに対する教えを聞いて、自分の中にある目覚める希望を持っている部分を守る。四天王は、元々ヒンドゥー教の神様で、後に仏教に編入された。神というのは人間の神聖なる性質または「高次の自己」を目覚めさせようとする部分を象徴している。そのために一つの宗教の神を別の宗教に組み込むことは珍しい現象ではない。

すべての神々は人間の心に存在する。 -- ウィリアム・ブレイク (18世紀の 英国人の詩人、画家)
間違いなく、あなた自身の外に「神々」も「悪魔」もいない。
-- パドマサンバヴァ(蓮華生)8世紀のチベット仏教の聖人)

すべての秘教的(エソテリック)な伝統では、人の獣性や低次の自己は動物または悪魔に象徴される。神様と悪魔は象徴であるが故に、しばしば、時間や場所を隔てた秘教的な伝統の中に同じ象徴を見ることができる。

イザヤ、エレミア、イエスを抱くシメオン と 洗者聖ヨハネ (フランス、シャルトル大聖堂)

四天王、八世紀(奈良、東大寺)
















シャルトル大聖堂のこの画像では、四天王と同じ形象が見られる。各像は、悪魔の上に立っている。四天王と同様にこれらの4つの像は同じ顔をしていて、この像は個人の中の別の心理的側面を表す。シメオンは子供イエスを抱いている。イエスは仏陀と同じように、自分の中の目覚めたい部分を表し、そのための道具と知識を持っている。これは家の主人である「内なる神」を目覚めさせる執事または指導的部分と呼ばれている。

人間は、召使いが沢山いるのに主人も執事もいない家に喩えられる。まず、執事の到着にそなえて家の準備をすることができる。そして、その執事はまた、主人の到着にそなえて準備をすることができる。
-- グルジェフグルジェフ(20世紀第四の道の神秘思想家)
そこで主は言われた、「主がその家を支配させる忠実な思慮深い執事は、いったい誰であろう」。
-- 聖書、ルカによる福音書、 12章42 話
見ること、聞くこと、感情、欲望と意見はすべて自分の内側に存在する泥棒である。 しかし、内なる心が目覚め、 警告し、それらの真ん中に超然と座っていると、それらの泥棒が家のメンバーに変化する。
-- 洪自誠
(16世紀の中国の哲学者)『菜根譚
そして家の者が、その人の敵となるであろう。 -- 聖書、マタイによる福音書、10章36 話

執事は、シャルトル大聖堂の写真のシメオンが象徴しているハートのキングに由来する。

仏陀は誕生後に7つのステップを踏む(ネパール、ルンビニ、中華寺)

アントニウス・ ウィリクスによる
心の中で幼少の頃のキリストが
説教している絵(16世紀)


私の心は子宮の中にイエスがいる美しいマリアである。-- ルーミー(13世紀、スーフィーのマスター、神秘詩人)
赤ちゃんは、心に生まれて育つ。心は母親のように、心の子供を生む、授乳し、育てる。心の子供が内なる知恵を教わる。
-- アル・ジラニ (12世紀、スーフィーのマスター)


すべての秘教的な伝統の経典では、執事は教祖に象徴される。経典に記載されている生活の中での出来事は執事の特性を象徴していて、文字通り受け取るべきではない。

精神的な海を横断するときに、イエスの如く大胆にしなさい。なぜならば彼はあなたの中、あなたの心にいるからである。-- エルサレムのヘシキウス『フィロカリア』 (ギリシア正教の修道僧による文献)
自分の心が仏陀であることに気が付かない限り、多くの概念的な思考にだまされるだろう。
-- パドマサンバヴァ(蓮華生)
8世紀のチベット仏教の聖人)

アニのパピルスの夜航の中のエジプトの太陽神ラー
この祝福された人間の姿は、頑丈な船のようなものである。その指揮を執って、教祖とその帆に風を受けて、この船で輪廻の海を渡ることができるだろう。
-- ウダバギーター(ヒンドゥー教のテキスト)
船はあなたの心である。それを守りなさい。
-- グレート・マカリウス『フィロカリア』 (ギリシア正教の修道僧による文献)

私がモーゼと言うと、あなたは私が過去の何かを示していると誤解する。モーゼの光は今ここのあなたの中にある。-- ルミ(13世紀、スーフィーのマスター、神秘詩人)
心の中心に座っている自分の尊師を視覚化し、決して彼を忘れないでください。
-- ミラレパ(11世紀のチベットヨギ)

12世紀ケルンの船に寝ているイエス(挿絵)

キリストがいない場合、船はこの世界の波と数多くの嵐に翻弄される。-- 聖アウグスティヌス(5世紀、キリスト教聖人)
海で粉砕された小舟の
天使の乗組員と同様 。
正面のマスト、
後ろの舵が失われ、
吹く風によって漂流し、
浮き沈む波によって翻弄される。
どのように海岸に到達するのだろうか?
単に石のようにそこに座っていてはいけません。
もっと努力しなさい。
-- 寒山 (9世紀の中国の道教の詩人)

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「第四の道と秘教的な伝統」⎟ 「西遊記」⎟ 「神聖なるプレゼンスの技術」


英語: The Secret of the Golden Flower ⎟ The Taoist I Ching ⎟ Being Present First


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