生命の呼吸

ハトホルはファラオに生命の呼吸を与える
(カイロ、エジプト博物)
 

ラーは天と地、生命の呼吸、そして自分自身を作成した神聖な神である。-- ラーとイシスのエジプト伝説

この画像では、エジプトの太陽神ラーの娘(場合によっては妻)であるハトホルは、ファラオに生命の呼吸を与えている。 ハトホルは心を象徴し、ファラオは王様や天皇が臣民を支配するように自分自身の中にある複数の存在を支配する知性を象徴する。

イシスは、魔法の言葉を持って来た。彼女の口の部分は生命の息吹に満ちていた。-- ラーとイシスのエジプト伝説 。
主なる神は土の塵で人を造り、命の息をその鼻に吹き入れた。そこで人は生きた者となった。-- 聖書、創世記、2章7話


ギリシャ・アルメニア人の神秘的な主導者であるゲオルギー・グルジェフ (1866-1949)は「第四の道」または「ワーク」として知られている精神的指導を西洋へもたらした。彼は、人間は一定不変の「私」ではなく、<複数の「私」>が存在している、ということを説いた。

人間は個々の「私」を持っていない。どんな時どんな瞬間にでも、人は、「私」が考え、言葉を発していると思い込んでいる。毎回その「私」は違う「私」である。人間は複数の存在である。人間の名はレギオン(ローマ軍隊の一軍団)である。-- グルジェフ(20世紀第四の道の神秘思想家)

私達は自分が経験している思考、感情、感覚を誤って「私」として認識してしまうために、グルジェフはそれらを<複数の「私」>と呼んでいる。 <複数の「私」>を象徴して、密教の伝統では「一万」という数字が使用される。

運命の輪 というタロットカード

一万もの世界があり、それらすべての世界がひとりの人間の内面に存在しているが、人間がそれを意識することはない。-- ダルカウィ(18、19世紀、スーフィーのマスター)
あたかも、長い間内面を支配して暮らしていた一万の愚者たちが皆荷物をまとめて町から逃げ出したり、死んでしまう如くに、何かを信じて行動し始めるのは、道を歩みつつ熱望を抱く者にとって常に危険である。-- ハーフェズ (14世紀のイスラム神秘詩人)

この「運命の輪」というタロットカードでは、それぞれの動物が一つの「私」を象徴している。 輪の上にある動物は、その瞬間の「私」である。その一呼吸の間の王様という「私」はそこにずっといると思い込んでいる。 しかし、数秒後には、別の「私」が表れる。

すべての密教の伝統に見つけることができる象徴では、動物や人間の生涯は一呼吸として考えられる。

生涯とは誕生と死の瞬間の間にある時間ではない。生涯とは二つのちょっとした呼吸の間にある一瞬のことである。-- 禅の格言

それぞれの呼吸が一つの「私」と呼ばれた新しい思考、感情や感覚を生み出し、それらが、その生物の生涯として表わされている。

厳密に言えば、生物の生命が持続する時間は極めて短く、一つの思考が続く間しか持続することはない。ちょうど回転する馬車の車輪で、回転が車輪の一点だけで生じ、静止も一点だけで生じるように、まさに同じ仕方で、生物の生命は一つの思考が生じる間だけ持続するのである。-- 経典、ヴィシュッダ マッガ 記8章39
一つ呼吸をするのには約3秒かかる。これは人間にとって、ある特別または完全な時間である。よく観察すれば、すべての呼吸が心の中に、新しい思考または古い思考の繰り返しをもたらしていることがわかる。-- ロドニー・コリン(20世紀第四の道の神秘思想家)

生命の呼吸はそれとともに自己想起が起こる呼吸である。 人は、「現在」または「存在」という言葉で「現在に存在する」努力を思い出すうえに、その一呼吸の間、自分と自分の周囲に注意するように努力をする。この努力を持続すれば、「内なる神」が現われる。

生命の呼吸は生命の意識なのである。-- ウパニシャッド(ヒンドゥー教のテキスト)
意識的に呼吸をすることは、無頓着にではなく、現在に存在することと共に、次から次の一呼吸へ通過する ことを意味する。空虚で神に注意を払わない呼吸はするべきではない。-- カシガリ(15世紀ナクシュバンディースーフィー)

ヒンドゥー教のプラーナにはヴィシュヌの神様は10の化身という話がある。 これらの化身は、ビシュヌ神によって与えられた神聖な助けを表すと言われていて、彼らは地球上で様々な化身となり、法や正義を再確立し随時不正を破壊する。 それぞれの化身は、人が毎日起きながらも眠っている状態を破壊することを意味し、「神聖なるプレゼンス」が発生している呼吸を象徴する。

ビシュヌ神の最初の五つの化身:マツヤ、クールマ、ヴァラーハ 、ナラシンハ 、ヴァーマナ  19世紀 (ボンベイ博物館 )

ビシュヌ神の最初の化身は魚で、亀、猪、ライオン、そして矮人が続く。

ヴィシュヌの次の五つの化身:パラシュラーマ、ラーマ、クリシュナ、仏、カルキ 19世紀(ボンベイ博物館 )

第六の化身は、人間である。それから4つの神、ラーマ、クリシュナ、仏とカルキが続く。

もしも、あなたが自分の原則に戻るならば、今は獣でも十日間であなたは神に見えるだろう。-- マルクス・アウレリウス(2世紀のローマ皇帝

一日は、一つの呼吸として象徴される。夜は吸気で、昼は呼気を表している。

「一日」が「一呼吸」に例えられるのを見つけるでしょう。-- クレルヴォーのバーナード(12世紀フランスの修道院長)

禅仏教と道教の十牛図でも十回の「想起が起こる」呼吸として同じ象徴が使われている。 第一から第六の画では、子供が、「低次の自己」を象徴する牛を見つけ、それをコントロールする苦労をしている。この子供は、グルジェフが「執事」と呼ぶ指導的部分または知性を象徴している。 第六絵は「低次の自己」が制御されていることを示している。

信者が自分の「低次の自己」を征服し、それが彼の下で乗り物として機能しているとき、彼の心の行為は顔から輝き出る。-- アル・ジラーニ(12世紀、スーフィーのマスター)

次の4つの画には、「低次の自己」を支配した後に「現在に存在する状態」が発生することが示されている。 それらはラーマ、クリシュナ、仏とカルキの4つの神様として表され、4つの休息と空虚な呼吸を示している。

十牛の画、徳力富吉郎作

ヴィシュヌ神の10の化身や十牛の画は10の生命の呼吸を象徴する。 6つの呼吸や行動の段階では、人は現在に存在することを喚起するために短い言葉を使い、それから、現在に存在する状態を維持するために更に4つの呼吸がある。

生命の丹術の秘法は、無為を達成するために有為を用いることにある。 
-- 金花の秘密『太乙金華宗旨』
この不滅な四重の呼吸は、眉間の奥、精神の元の中に隠されている。-- 「趙避塵 」(20世紀、道教の老師)

不滅または不死はプレゼンスの状態を示す。それは1秒、1分または20分であるにも関わらず、それは時間外であるために不死である。

アリス「永遠ってどれくらいの長さなの?」白ウサギ「時々はね、たった一秒だよ。」
-- 不思議の国のアリス
一呼吸の間に修行すると、あなたは一呼吸の不滅を実現した人である。 -- 金花の秘密『太乙金華宗旨』

生命の息吹は、さまざまな方法で象徴されている。

三宝は巍巍たり、道は尊ぶべし、四生と六道は尽く説明せらる。-- 西遊記
安息日を特別の日として守りなさい。 仕事はみな六日のうちにすませなさい。七日目は神の休息の日だから、 その日は一日、人は仕事をしてはならない。 -- 聖書、出エジプト記、20章8−10話
一碗飲めば喉や口が潤い、
二碗飲めば寂しさと鬱を除き、
三碗飲めば干涸びた腸を探り、
中には五千巻の書物があるばかり、
四碗飲めば軽い汗が出て、
今までの不平不満が毛穴から抜ける。
五碗飲めば肌や骨まで清らかになり、
六碗飲めば仙界へ通ずる。
七碗はもう飲めない。
両袖から清風が吹き抜けて行くのを感じ、
不死の島へと浮かんでゆく。
-- 盧仝、8世紀の道家詩人

6つの大きな地蔵菩薩と4つの小さな地蔵菩薩(東京、南谷寺)
:知恵には四重と六重の発現がある。しかし、識別を超えて知恵は現在にここで我々の目の前に現われている
特異な表現を持っている。それは、完全な絶対的な悟りである。-- 道元禅師
菩薩は「般若波羅蜜多」(海岸に到達するための知恵)の強力な知識を、十種類の浄化と癒しの活動、 四つの無定形の分野と、六形態の超知識に展開する必要がある。-- 般若経

地蔵菩薩の4つの小さな像
:天国へ導く10ステップがある。
この10ステップを通して神を知ることができる。
はしごは確かに短いかもしれないが、
心の中でそれを経験することができるならば、
あなたは世界が含むことのできない富を見つけるだろう。
-- フィロカリア(ギリシア正教の修道僧による文献) 僧・セオファナス
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英語: The Secret of the Golden Flower ⎟ The Taoist I Ching ⎟ Being Present First


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